「忍野炭」・「備長炭」・「うばめがし」の故郷をたずねて  (日文)
埼玉

芦屋市役所

芦屋きらく苑

シエモリ

 

  偶尔的机会使我与木炭打上交道,已有1年半多时间了。与中国的交流一样,我时时刻刻都在考慮是否有新的「情报或材料」能提供给与我有关的企业来改善目前不景气的社会。

  由于中国发生SARS,无中国的来宾。51日开始集中精力研究新炭「忍野炭」。夜里阅读了自己买来的关于森林林业白皮书(200020012003)中木炭的书籍。其中有位名为畠山剛的教师著写的木炭烧制的20世纪」一书,叙述了木炭的历史・未来及岩手县北上产地的木炭烧制生产者的历史・经济状态,非常通俗易懂,使我深受感动。

  我试着整理了发明「忍野炭」公司的资料,发明「忍野炭」的公司是以土木建筑为中心的公司。以社长为首的公司职员及有关人员均是理工科出身沉黙寡言的优秀人才。

 在研究员们的研究热情下,一边片片断断地听着生硬的专业词语(坦率地讲像算术的推算一样)一边进行着项目调查。我由于有色弱,大学考试转为文科。因此对研究员们的研究热情非常理解。

  记住研究员们叙述的内容,夜里重新翻开40年前学过的物理,化学,生物等教科书阅读,不知有多少次跑到附近的书店买来新的参考书。说实话起初连问连读都很难。时常拿起放大镜观察照片。

  转为文科后,在读硕士课程的24岁开始到38岁,一直是在教成本计算,虽然现已老了,但是仍然是现职的会计师。我感到发明「忍野炭」的公司的「木炭项目」有必要制定「事业计划书。以音乐为例,即使有再优美的旋,没有歌词的话,谁也无法演唱。以童话来讲,画是很美可是没有故事。

  事业计划书就好比是歌词,故事。同时一般建筑行业与房地产行业的成本计算方法不同。一般建筑行业是个别成本计算,房地产行业是综合成本计算。

  综合成本计算分按部门,按工程的成本计算。一次性产品从不同的应用角度来看,无主次即相关产品成本计算好比是一对一男一双胞胎的成本计算)」,男孩的第2次性产品的「室内环境污染对策」的板的计算是按不同加工过程费,不同等级的成本计算。女孩的第2次性产品是各种各样的成型品(各种各样的可爱的小人模型)按品类批量的成本计算。

  在公司也有像社会上普遍承认男孩的能力的现象,男尊女卑易造成对男孩的才能太集中。我认为对女孩的才能也应充分得到认识。

  相关产品成本计算是对双胞胎的男女的公平对待。女孩一般比男孩早熟,只要为她加把油就能发挥她了不起的能力,这一点应充分理解。特别是净化空气是无止境的,同时间伐材也是不受条件限制,为女孩强信心,男孩的才能会更加为社会作贡献→能提供廉价的优良产品,我想恩惠的资金一定能回到世界上科学家所追求的浪漫世界碳素的宝石的大草原」。

  炭窑里投入的原木量与生产出的炭量在数量上有差异,同时也生产出有价值的副产品。就像饺子一样没有一点会失去。此成本计算与在日本的大学院,大学,专门学校学的「成本计算及成本计算标准」,日商检定1级,国家考试的观念论的成本计算不同,它是现实社会中具体实物的成本计算的总表现。

  观念论的高度成本计算在日本有,而实用的成本计算还是中国的基础性强比较好。观念论的高度成本计算学的再好,

也不会经营像夫妇开的面馆,理发店。

  复合炭「忍野炭」是在1000℃〜1200下生产的就有纳米技术10亿分之1m的产品。

  以森林保护为目的,间伐材植树事业为基本理念,在资料整理过程中,调查了国土省的建筑基准法,通产省的环境计量士法,进一步了解到生产研制忍野炭的博士,大学教授等科学工作者多大70人。我感到这已不仅仅是一个企业的项目,而是涉及到电力,天燃气行业的新的国家级事业项目。

  炭窑看上去是土窑,但它是包含有高科技的炭窑,因而能大批量生产,而且一人能管理多个炭窑,使价格降低。以此窑生产的木炭,仅只是价格质量上也能向中国巴西出口,而不是进口。同时如果在日本为木炭生产者配置的话,也能揄チ其收入。就像机械上安装了NC旋盘的炭窑。

  6月下旬,在埼玉県「木材展销会」的最后一天,用了1个半小时向林业厅长官汇报了此项目计划。

  另一方面,由于中国的「SARS」,给北京国家民委和内蒙古政府寄去了此木炭板。我只会读一点中文,但是用中文表达的谢意里又添上了洪水2字。

    中国的「SARS」结束了,中国河南省信阳市的南京大学化学博士毕业的年轻的副市长R先生和国家计委的副主任R先生及翻译R先生12日来日,来日的目的是为信阳市「陪养人才,木炭应用,建立姐妹城市」。

    12日和13日招待来我家,14日访问芦屋市的関西看護医療予備校(芦屋塾)・芦屋商工会・芦屋市長・芦屋kiraku15日访问了名古屋经济大学,在中央道顺便参观了饭田市的引水工艺馆。我预感到引水的作品和忍野炭的炭板是日本新的工艺品。忍野炭的炭板及应用品于全国各地的小京都的传统工艺品十分融合。傍晚进入山梨县。

    在山梨县观看了首次公开的忍野炭精炼过程,还有一部分职员及有关人员。

    16日关于建立姐妹城市拜访了留市市长。傍晚进入东京拜访了F公司,在此与中国来访者告别。和F公司的干部

同期校友进餐,胃溃疡发生。

    2天在   

 

 

 たまに東京に行くと、一人遊びの楽しみは八重洲ブックセンターに立ち寄ることである。館内を全部ジャンルを問わず見て歩くと三時間かかる。入り口に絵本のいいのがあったが、今回は科学特にナノテクの本を中心に買った。一冊だけ残して宅急便に託した。

 携帯電話の充電が切れ、電話から開放され一人遊びが出来た。帰ると案の定電話のメモだらけであった。

 19日豪雨の中、備長炭の故郷和歌山県の田辺市の山奥秋津川村に行った。G社の若い二人の車であった。以前から備長炭 の窯を見たいと思っていたところ、 たまたま6年間ニュージーランド生活がおわり、帰国して現在G社に勤務のMさんの縁者がまさか「備長炭の村の長老の Sさんであるとの数日前の告白」から本日の日取りとなった。

 Mさんは血液型はA型であるが、小さい頃から、炭焼きを手伝っており、備長炭より優れた炭はこの世にないと確信していた女性であった。私が忍野炭で作られた板とか、ペレットをあげたところ、自分が実際に使用してみての告白であった。

 秋津川の炭の博物館で掲載されている備長炭の顕微鏡写真と忍野炭の顕微鏡写真を見比べて、私も彼女も違いがはっきりと理解できた。

 備長炭は乗り物に例えると、自転車の最高級品であり、日本の重要文化財である。 特にうなぎの蒲焼にはなくてはならない炭である。忍野炭は乗り物に例えると、自動車であり生まれたての赤ちゃんがやっとよちよち歩きをはじめたところである。

 博物館では新たな発見があった。世界の炭の産地を表す地図があり、うばめがしを材料として炭焼きをしている 場所が、中国の所謂長江の「三峡下り」の中国前漢の時代に蒙古( 匈奴の王に嫁いだ)中国三大美女の一人王昭君が生まれた西陵峡がある北部の中国湖北省北部・河南省南部一帯にあり今回中国の訪問者の故郷 河南省信陽市もその一つであった。

 博物館の備長炭の案内テレビにも出ていたMさんの祖母の弟さんSさんの案内で窯の構内を見せてもらい、炭焼きの人たちと話をした。 窯の温度の色で製品を生産し優劣判断が出来るようになるには「最低5年の年月がかかる。またよい窯まで作るには20年の経験がいる」との説明を受けた。それと他の地域でも備長炭が産出しているが、当地程優秀な備長炭は産出できない、原因は窯の土 と関係があるとの解説を受けた。

 しかし備長炭ですら炭焼きの生産者の年齢は高齢化し若い人達が少なくなったとのこと。(50歳以下は皆無)山梨の「小松式かぶと窯」を導入すれば生産量も上がり若い人とたちも故郷に帰ってくるのではと思った。

 その後、家で西瓜をよばれながら会話をしていると、忍野炭は備長炭はじめとして、池田炭、佐渡炭.・・・と共存出来、むしろ炭焼き生産者の所得向上に貢献できることに確信がもてた。

 帰路、竜神温泉経由となったので、村の温泉に行き、寿司を食べた鰻はおいしかった。夜道の高野山へのスカイラインの途中で星を見た。いっぱい星があった。盆に、こそっと 行方不明になって(内蒙古人民政府から招聘状と案内のファックスが再三来ており、いつも仕事が立て込んでいるので断っているが)内蒙古のシリンゴルム大草原に 一人で行くと嫁さん 戸惑うかな?と思った。

 途中車を止めてもらい、道端で用を足そうすると蛍がいた。帰ると午前一時前であった。若い二人との「トムソーヤの冒険」のような一日であった。また炭週間であった。2003/7/720  文責 南淵弘昭

-余 談-

 余談1; 文科系出身者の人で「炭」と「光触媒」を比較する人がいたが、私は比較をしてみようとする発想そのものが間違っていると思う。私の理解も未熟ではあるが、たとえ話で言えば、炭は音であり、光触媒は色であると思う。ベートーベンとピカソの比較論はおかしい。また炭は暗闇でも活動するが光触媒は暗闇では活動しない。音は暗闇でも聞こえる、色は暗闇では見えない。ベートーベンもピカソも天才である。 ベートーベンとピカソが友達になる可能性は否定しないが。

 余談2;文中「Rさんの意味」はRさんも(例えば呂さん、李さん・・・)複数あります。中国には名字が100あり、中国人口の9%以上の名字は4つあります。私の記憶では「王さん、張さん、李さん、呂さん」→順不同。

 余談3;私が「国家事業」であると言った意味は、平成14年度版「図解森林・林業白書」(農林統計協会出版)を読んだ際、P4;日本の森林も放っておけない「劣化」の危機、P5; 「まずは森林資源の利用から」のページに吃驚しました。 日本の山々が悲鳴をあげているし、日本国の人間の人口構成も高齢化・老齢化しているが日本国の山も高齢化・老齢化しており新たな社会問題である。このままでは木々にも介護保険が 必要であると思いました。

p4  p5

  ふと、40数年前アメリカの大統領 J・F・Kenedyの大統領就任演説を思い出した。「In the long history of the world ,only a few generation have a granted the role of  defending of this maximum danger .I do not shrink from this responsibility 。」(永い歴史において、最大の危険を認識しているのは、ほんのわずかの人だけである。私はこの責任から逃げない)

 昔、年寄りから「杉・桧6本で一人の人間のを酸素を供給している」と聞いた記憶がありますが、杉・桧等の針葉樹林は蜜(=満員電車の混雑状態になると)、木々がけんかしてお互いが立ち枯れする、また、人工林はもともと広葉樹に比べ保水能力がなく、間伐せずに木々が立ち枯れすると、杉・桧の人工林には下草がなく、ある日突然土砂災害がおこる。

 シックハウス対策に必要な炭量は、一軒の標準住宅(面積100u)で763kgであるとする会社の資料を基に、30年育ちの桧、杉の間伐の原木使用量は1u=640kgの換算で約8本と算定できた。

 更にこの度開発された忍野炭の性能持続年数を50年での計算で、シックハウス・花粉症・アトピーに悩まれる人が忍野炭での商品を使った場合、桧・杉等の間伐協力金は1原木あたり月100円であると算定できた。

 また竹炭などが生産されている窯の温度は500℃までの低温炭の土窯であり、この度開発された新窯(かぶと窯)を使用した場合の「中国と日本との炭焼き現地生産費」を比較する と

新 土窯(かぶと窯)を使用して竹炭を生産する場合の中国と日本と生産条件表
為替レート;1元=15円の条件 中国土窯(=日本古来からの土窯) 日本制新土窯(かぶと窯)
一ヵ月の1窯生産量 1 16倍
窯管理 二人で1窯 一人で3窯
原木単価 1 10倍
炭焼き一人当たり の人件費 1 45倍

であり、炭量1kg当りにすると、日本国と中国でのそれぞれの現地生産費がほぼ同じとの試算ができ、 中国から輸入ではなく、逆に輸出できると思った。炭が持つ持つ本源的特性「凍らない」は特に内蒙古の黄砂対策に有効であると思った。

*内蒙古の砂漠化を止めたいとの願いから、南デンマーク大学で昨年化学博士の学位を取得した、五カ国語(蒙古語・中国語・日本語・英語・デンマーク語)を話す内蒙古の26歳の若き女性の科学者Bさんアフリカで発生する「白子」の発生と内蒙古の「黄砂」の発生とは時期と形態が違う。前者は竜巻で舞い上がるが、後者は春になって凍土が融け始めると水蒸気の蒸発と共に舞い上がる。とこっそりと教えてもらっていたので、「炭が」日本国政府の対外援助に有効で平和な親善大使になれると思った。

 また新しい炭窯の普及と生産される炭量でもって産業連関表を作成してみて、炭が経済面で日本のGDPへの貢献度はプラス二桁の%になり吃驚した。

-終りに-

 日本経済再生の道は「人間の赤ちゃん」がたくさん生まれること「木の赤ちゃんもたくさん生まれる(=植樹)こと」であると思った。また福祉も文化であると思った。

 そもそも「忍野炭」に初めて出会った時から、ひょっとすると?との予感があった。

 忍野炭発明企業の社長は人柄もいいが、この日本不景気の真最中に、特に失業率11%と突出した山梨の山村の市で、一人足りもリストラすることなく雇用責任を果たしていた。

 よく経営者から「どうすれば儲かるか」との質問を受けるが、私はいつも答えるのは− 経営者自身が「優しい人柄」・「秘たる闘士」・「不断の努力」の心で自己管理し、外部の知識を吸収し時代にあった経営理念を構築し、昔からある事業の知恵を今一度見つめなおし近代化することしかない− であった。

 「歴史は繰り返す」の格言ではないが、

木炭は石炭に負けた→石炭は石油に負けた→石油が負けるのは?

21世紀は炭素(木炭)の時代になるのではないか?

との予感がする。

 アインシュタインがノーベル賞をもらった際の論文の枚数は12ページであったと聞く。しかし世界の学者で内容を理解できた学者は1ダースいなっかたとも聞く。鯨を見たことのない人に鯨を解かってもらう、また蜃気楼を見た見たことのない人に蜃気楼を説明するには非常に疲れた。 

 この4ヶ月、考古学者が「邪馬台国を求めて発掘調査するような」調査法で、夜中に調べ、まずは地球儀を作るような観点で図式を作り、厳密にはVBAで関数を独自に作成して計算してみた。ExcelのA4用紙で約100枚の作成となった。

 最終的にExcelのB4の用紙約20枚まとめてみて「忍野炭」は世紀の新素材であると確信した。後は若い人達の活力に委ねたい。また同年代のリストラにあった人達にうまく人生の再出発の契機になれればと思った。

明日は散髪屋に行こう。ぼちぼちゴルフも再開しよう。また中国にも行こう。

2003/8/30 文責 南淵弘昭

名古屋経済大学

山梨

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秋津川