コンピューターの学習を終えるにあたって

まずは(善きにつけ悪しきにつけ)皆様の色々なホームページ(以下 Hpと云うを見せてもらったことに対し感謝致します。

 私は、Hpをみよう見真似で 独学で作って約1年強たちました。

 本当に日進月歩で同級生?(老いも若きも 同じ時期に始められた方々)がすばらしいHpを継続されているは嬉しく思います。

 確か1996年11月末頃?にWindows95にしましたが、私がその以前(たまたま9月23日)の彼岸に大阪の日本橋でWindowsを見たとき、

目眩(めまい)がするほどカルチャーショックを覚えました。

 @ コンピューターには「学歴・年功序列」がなく、私と同年代が「失業する?」。

 A 逆に コンピューターの学習をしさえすれば、いくらでも絵がかけるし、ボケない。

 2時間ほどたつと無性(むしょう)に腹が減り、ぜんざいを食べた。また2時間ほどたつと腹が減り、ぜんざいを食べた。

 都合6時間があっという間に過ぎ去った(各店で うんざりするほどの威勢のいい音楽=まるで軍艦マーチの如き音楽を聞かされ)

 @コンピューターには「学歴・年功序列」がなく、私と同年代が失業する? は、

 医学の世界に例えると、私の立場は内科のお医者さんに当ります。

 Windows95を使えなければ、内科のお医者さんがレントゲンの機械を使えない、超音波の機械を使えないと一緒だと思いました。

 戦中・戦後日本の経済をひたすら家族愛の為、自己犠牲をしいた同年代の人々がコンピューターが使えない。

 若い人達に較べ未だ気力・体力もあり十二分働けるのに、若い人達に文化的に介護されなければならない。

 社長とか役員になれた方は失業しないかもしれないが→ 叉かろうじて年金をもらえる人はラッキー。

 過去の功績・学歴関係なく、大半の人が失業するのではないかと思ったからです。

A逆に コンピューターの学習をしさえすれば、いくらでも絵がかけるし、ボケないは、画用紙がいくらでもあると言うことです。

 私が小学生の頃、父がたまたまある出版社協同経営者との縁で、

 その出版社との専属の絵の先生(母から聞いた話では日展の審査員)「高須国之先生」がたまたま岸和田におられ、父の命令で私と、妹が絵を習う機会が得られた。

 いくらでも絵がかけるしの意味は ある日の事、私の記憶では学生の4〜5年生の秋の頃のことであった。

高須先生が「今日はみかん”を描いて下さい」といわれた。

妹は非常に嬉(うれ)しそうであったが、私はとまどった。

 いつもは「蟹」とか「花」とか「野菜」とか描く題材があったが、その日は無かった。先生のお家は岸和田の本町から魚屋町に引越しされた頃と思う。

 3才年下の妹の絵は私の予想通りの絵であった。女でもあるにも、恥らいもなく画用紙一杯に「みかん」というより「ドッジボール」一個という絵であった。

 豪快であった。10分か20分すると帰ってきて私の画用紙を覗く。そう云う状態が3回ほどあったと思う。

 私と同年代以下の生徒さん5人位がすべて帰ってしまい 「コシノさん?」と高須先生と私だけになってしまった。

最後に妹が私の耳元で「兄ちゃん 私代わりに描(か)いたろか?」・・・「無言」

 高須先生のお母さんがそういう状態をみるに見かねて、八百屋さんに行って、柿とみかんを買って来てくださって机の上にもって下さった。

 私にとっては「みかんを描きなさい」に困ったのは画用紙が足りなかったのです。

 久米田池が見える丘で友達のお母さんが日本タオルを頭にまき 側で友達も親の手伝いをし、また友達の妹が藁(わら)の上に寝ている。

 友達の親父さんはいそいそとみかんを運んで農協のえらいさんと話をしながら春木の競馬場で走る馬の馬券を買っている。

 夏みかん 温州みかん 八朔・・・を描いたらよいのか、久米田池のみかん山を描いたらよいのか・・・そういうわけで困ったのであった。 

 それと母が私が遠出する時は「アイロン」で私のズボンに線をいれてくれたからである。母の期待に応えることが出来ず、また変な絵もかけず、

 みかんの絵はいくらでも描(か)けるから画用紙がたりなかったのです。

 ボケないの意味は 私の恩師の安部先生が年をとってもボケなくする方法に「数学と英語の勉強」がよいと教えられていたからです。

 また、「散策」し「麻雀(マージャン)」するのもよいと聞きます。

 「散策」は足腰の鍛えによいと思いますし「麻雀(マージャン)」は指先を使う。指先を使うと脳を刺激してボケないと聞いたことがあります。

 同様の意味で コンピュターの「マウス」なり「キーボード」も指先を使うのでチャレンジして見てはという意味です。

 私の体験ですが 毎日2〜3回 30分程練習を一週間続ければどうにかこうにか 様(さま)になるような気がします。

 私がABCD・・XYZの26文字を打つスピードは当初30秒かかりました。現在15秒くらいだと思います。

 本日は私にとっては、初めてコンピューターの学習をして度丸三年目の日です。

 何とか一日で卒論を書きたかったのですが朝からお客さんが6人も来られたので、とりあえず未完成になってしまいました。

 私達の若い頃は 「勉強=卒論を書くこと=80点をとること 仕事=人に言われて出来て当り前=言われんと出来て一人前=評価されなければ叉頑張ればよい。 

 趣味=金がかかるもの 遊び=学校に行く=友達を作る場所」 という価値観がありました。

 今後はお医者さんが自分でレントゲンを取ったりするが如く、患者さんの色々な資料の分析をして早く処方箋を書きたいと思います。

 Hpのたくさんの未完成部分は日曜日にNHKの大ドラマを見つつ ぼちぼち 埋めていきたいと思います。

 最後に、わけもわからず、年甲斐もなく、若い人達と -年寄りの負けじ魂で 子供と相撲をとるが如く- 

 心密(ひそ)かに対決している私を、また男尊女卑の塊の私を、何も言わずに3年間、借金を増やすことなく、

 黙って私の代わりに仕事をし、子供4人の授業料を専従者給与で稼ぎ、

 不景気の真最中に私を三年間国内留学(夜9時頃から翌日4時〜7時頃まで自宅勉強)させてくれた家内に感謝する。 

「虎穴に入らずんば故事を得ず」

 私はHpの作り方の勉学は当初オリエンテーション的に NHKのYuYu」を参考にさせてもらい、

 手前勝手に私が教科書にさせてもらったHpは「物書き」を職業にしておられる岡田泰子さんのYaskoのインターネット教室でした。

 Photoshopの使い方の勉学はアナウンサーを職業にされている秋沢淳子さんのHpでした。

1999/11/28 日曜日 文責 南淵弘昭   「メッセージ」