山梨県のHp   山梨にて  都留市のHP  忍野炭

2001/12/7〜9日

2001/12/20〜21日

 F社のH君から10月より H君が「山梨にすごい会社があり是非私に見せたい」ということで再三招待を受けていたが、やっと山梨に行く事が出来た。

 一週間前、土曜日は有馬ロイヤルでのT事務所のゴルフ、木曜日を境にして、一週間が二回あるような感じだ。

 のぞみで10時に東京駅に着くと、H君が迎えにきてくれた、そのまま高速に乗り、山梨県の都留市に行った。

 途中、土地の名物であるというどん屋さんで昼食をよばれた。成る程とは思ったが、関西人の私にとっては、 日本のラーメンと中国のラーメンの違いを感じた。

 時間調整で、温泉に行き、その後、今回の目的のS社に行った。社長と挨拶の後、日が暮れてはということで、すぐ山に連れられた。

 左手に丁度材木市のような 種類ごとの雑木・竹・檜・・の重ね並べられた場所をとおり、S社の別部門の工場に着いた。

 人はそれぞれに @勘(直感)モード A論理(確認)モードB童話(知恵)モード があると思うが久しぶりに私の@勘(直感)モードだけでも理解出来た。

 私と同い年の社長には金銭を離れたB童話(知恵)モードがあった。 童話に「金の斧 銀の斧 鉄の斧」の話があったが、私と同じく鉄の斧のタイプであった。協力しようと思った。

 夜 社長にご馳走になった後、F社の山中湖の寮にいった。F社の八王子支店長のH君が、食事をせず待っていてくれた。

 あくる日富士カントリークラブでF社の三人とプレイした。二週連続のゴルフで少し勘が戻ってきた。OB二発したが、43で回ることが出来た。

 来年は今年ご無沙汰したゴルフ仲間ともプレイしてみたい。ひょっとすると、G社のプロのK(全くの私見;プロに勝つにはショートホールでバーディをとれば勝てる)さんが中国でゴルフ場を作るかもしれないので、中国大陸でのゴルフが実現しそうな予感がある。

 ゴルフの後O社のN君の携帯に電話をいれると厚木でゴルフを終え、京都に帰るとの事、東京駅で落ち合 わんかと誘われたが、H君の寮に留めてもらうことにした。

 自衛隊の富士演習の前・山中湖・河口湖まるで富士山オンパレードであり、N君とあわずに結果的によかった。(N君に誘われて東京にくるといつも富士山に会えない。)

 H君の単身赴任の寮にとめてもらった後、日曜日彼も二番目の子供が小学校の受験の模擬テストということで10時前に、東京に戻った。

 そのまま帰ろうかなと思ったが、殆ど一人で東京を歩いたことがなく、宅急便で荷物を送り上野公園に行った。上野公園で「聖徳太子」展があった。大勢の人がならんでいた。

 関西人の私にとっては、東京で「聖徳太子」を見るなんて不思議な感じであった。

 アメ横を一通り歩き、寿司屋に入った。ポンポンと威勢のいい東京弁は日本語であるので分かるが中国人に話し掛けられているような感じだった。

 料理自体は値段が安く美味しかった。食後歩いて浅草にいこうと思って中古の単車の販売店が集まった街をどんどん歩いたが浅草が見えてこない。仕方なくタクシーのお世話になった。方向が間違っていた。

 浅草には修学旅行生がいた。ぶらぶら歩いていると、一年前N君につれてこられ屋上で隅田川の花火をみたO社ホテルの近くにきた。

 時間の節約でまたタクシーの世話になり秋葉原に行った。小さな専門店にこれからのネットミーテイング・インターネット電話に必要なカメラがたくさんあり興味を持った。

 来年一つ頑張って、私の山から夕焼けの紀ノ川を実況してみたいと思った。久しぶりに東京で一日独身生活できてよかった。

12/21・22

 吹雪舞う中央自動車でB社のYさ んM社のMさん &Tさんと再度都留市に行きS社を訪問した途中事故を5回目撃した。大遅刻であった。

 F社のH君は夕方から「連休の家族旅行」であったが、ぎりぎりまで時間をつないでくれた後、前回も世話になったが、K君がH君の後をフォローしてくれた。

 明くる朝は前日とはうって変わりF社の山中湖の寮から見る富士山は綺麗だった。時間があったので忍野八海に行った。いつも正月のカレンダーしか見たことのない富士山がそこにあった。

 御殿場に出Yさん自身に少し約束あり、そのままYさんの車と運転で秦野に行った。帰路東名で浜名湖を見た。

 それにしてもマイクロソフトのバグの多いことよ。やっとW-XPの機能が解ったと思ったら。バグ情報 簡単に直せるとは言うものの、新車を買った人がオイル 漏れを簡単に直せる人は限られていると思う。いつまでマイクロソフトは「金の斧」ばかり求めるのであろうか。

S社の社長もK君のお母さんにも青春 を見た。

明日は仕事の棚卸をしてN社のMさんを病院に見舞いにいこう。文責 南淵弘昭

               追記 忍野写真集(著作権は基本的に放棄しています)

 

 最後にF社H君に感謝する。